ゲームを12回も再発明した任天堂――常に業界の先を行く革新の歴史
ゲーム好きなら、任天堂という名前を知らない人はいないでしょう。家庭用ゲーム機の王者として、任天堂は私たちの子ども時代に欠かせない存在であり、ポップカルチャーにおけるアイコンとなっています。パソコンの普及によって家庭用ゲーム機が淘汰されようとしていた危機を救っただけでなく、人々がゲームを「見る」方法、「遊ぶ」方法そのものを幾度となく作り変えてきたのです。
ソニーやマイクロソフトといった新興勢力との競争の中で、黄金期の勢いこそ衰えたものの、任天堂は繰り返し証明してきました。家庭用ゲーム機づくりにおいて、任天堂に敵うメーカーはないと。その偉業を語るなら一冊の本が書けるほどですが、今回はゲーム業界にもたらした画期的な貢献を12個ピックアップして紹介します。
1. 家庭用ゲーム機初のセーブ機能

当時のゲームはわずか8ビットのデータ容量しかなく、家庭用ゲーム機へのセーブ機能の実装は不可能だとされていました。しかし1987年発売の『ゼルダの伝説』がこの常識を覆します。同作のカートリッジには内蔵バッテリーが搭載され、面倒なパスワード入力に頼らずゲームの進行状況をそのまま保存できるようになりました。この仕組みは瞬く間に多くのタイトルへ波及し、業界の標準となったのです。
2. 十字キー(Dパッド)

意外に思われるかもしれませんが、当時主流だったジョイスティックに代わる操作手段として十字キーを初めて採用したのは任天堂です。1982年の携帯ゲーム機『ゲーム&ウオッチ』の『ドンキーコング』で初お目見えしました。以来、十字型の方向キーはほぼすべての家庭用ゲーム機のコントローラーに搭載される、揺るぎない標準仕様となっています。
3. ショルダーボタン

ジョイスティックやキーボード、マウスと比べ、ゲームパッドはすでに最も好まれる操作デバイスでした。しかし1990年、16ビット機スーパーファミコンの登場でショルダーボタンが加わり、その利便性はさらに飛躍します。ボタンの増加は多彩な操作を可能にしただけでなく、人間工学に基づいた配置により実用性も格段に高めたのです。
4. アナログスティック

初期のAtari 5200などに付属していたジョイスティックこそ元祖アナログスティックだ、と主張する人もいるでしょう。しかしゲームパッドの普及とともにその使われ方は廃れていきました。とはいえ十字キーでは斜め方向の入力が苦手で、精細なグラフィックを持つゲームの滑らかな操作には限界がありました。そこで1996年、任天堂はNINTENDO 64で大型のジョイスティックを小型化した「サムスティック」を実現します。本体自体はドリームキャストやプレイステーションの競合に押されて大きな人気を得られませんでしたが、アナログスティックは以後のゲームコントローラーに不可欠な要素となりました。
5. 振動機能(ラムブル)

あらゆる要素を備えながらも、NINTENDO 64は先代ほどの伝説的な地位を獲得できませんでした。しかし1997年、『スターフォックス64』とともに登場した周辺機器「振動パック」が状況を一変させます。振動パックはN64コントローラーの背面に簡単に装着でき、ゲーム内の出来事に応じた振動を手元で体感できる画期的なものでした。まもなくソニーも内蔵モーター式のDUALSHOCKコントローラーを発表し、この機能の重要性が広く認められることになります。
6. ワイヤレスコントローラー

長年、ゲーマーたちは家庭用ゲーム機の無数のケーブルに絡みつかれながらプレイしていました。そんな不満に最初の希望をもたらしたのが、RF方式のレシーバーを採用してケーブルを排除した任天堂の革命的コントローラー「WaveBird」です。現代のワイヤレスコントローラーには遠く及ばないものの、ゲーマーが長年求めてきた抜本的な変化であることは間違いありません。
7. 3Dグラフィックス

プレイステーションが3D空間とポリゴンキャラクターで世界を驚かせるより前から、NINTENDO 64はカートリッジでありながら同等の体験を提供していました。1996年に『スーパーマリオ64』が登場するまで、家庭用ゲーム機で本格的な3D空間を自由に駆け回るゲームは想像すらされていませんでした。同作は3D環境を備えたゲームの先駆けとなり、同ハードのベストセラータイトルに輝いています。
8. モーションコントロール

ゲームの遊び方を作り変えようとする姿勢から、任天堂は旧来のゲーマーから度々批判されてきました。1989年の「パワーグローブ」のような技術的・商業的に失敗したギミックも存在します。しかし伝説のゲームメーカーは、モーション操作に特化した本体Wiiで大成功を収めます。モーションセンサーを備えたWiiリモコンは高い完成度を誇り、モーションゲーミングに熱中する全く新しい層のプレイヤーを生み出したのです。
9. デュアルスクリーン

ニンテンドーDS以前にも、携帯ゲーム機での二画面構成はすでに試みられていました。1982年の『ゲーム&ウオッチ』版『ドンキーコング』です。この携帯機は前述の十字キーを初めて世に送り出しただけでなく、複数画面の可能性をも探っていました。このアイデアは後にニンテンドーDSやニンテンドー3DSで本格的に追求され、上下画面を役割分担させる実用的なスタイルへと進化を遂げます。
10. 携帯機へのトリガーボタン搭載

フルサイズのゲームコントローラーと携帯機が融合した姿を、私たちは皆夢見てきました。プレイステーション2には本体上部に画面を取り付けられる周辺機器も存在しましたが、決して実用的とは言えませんでした。そんな夢をついに叶えたのがNintendo Switchです。ショルダーボタンとトリガーボタンまで備えた完全なコントローラー機能を、携帯プレイの形で実現しました。
11. 据置き機と携帯機の一体化

野心的なSwitchが往年のゲームスタイルを復活させようとしている点はすでに触れた通りです。さらに同機は、携帯性と据置き機としての性能をひとつのパッケージに統合した世界初のゲーム機でもあります。純粋主義者には奇抜に響くかもしれませんが、スマートフォンで低品質なゲームを遊ぶのに飽きたゲーマーにとって、計り知れない魅力を秘めた製品と言えるでしょう。
12. HD画面対応の8ビット機

ノスタルジアの理解において任天堂の右に出る者はいない、と言っても過言ではありません。その証拠が「ファミリーコンピュータ クラシックエディション(NES Classic Edition)」です。エミュレーターや他機種への移植により、昔ながらの8ビットゲーム機の価値は薄れていたかもしれません。それでも同機の爆発的な需要は、人々が昔ながらの楽しみ方をどれほど愛しているかを雄弁に物語っています。2016年11月に発売されたクラシックエディションには、HD画面向けにリマスターされた30タイトルが内蔵され、セーブステート機能や定番のファミコンコントローラーも付属。HDMIケーブルさえあれば、どんな画面にも接続可能です。
実は任天堂は、ソニーとの共同開発だった「SNES-CD」によって、CD-ROMゲーム機の第一号になる可能性もありました。しかし残念ながらこの提携は途中で頓挫。ソニーはその技術を活かし、1994年に独自のゲーム機「PlayStation」を世に送り出すこととなるのです。
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